Rabbit Blue

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それは故意か過失か




 照りつける日差しがジリジリと肌に突き刺さる。
 雲ひとつない澄み切った青空に、いいデート日和や、と廉造は目を細めた。
 待ち合わせの時間まであと少し。逸る気持ちを抑えながら、廉造は待ち人が来るのを待つ。
 今日は、ようやくこぎつけたプールデートの日だ。
 そわそわするのも仕方がない。
 最近お付き合いを始めた奥村燐という少女は、相当なブラコンで付き合うまでに至るのも長かった。
 しかし、一番厄介だったのは、彼女の双子の弟である雪男で。
 弟もまた相当なシスコンで、いい雰囲気になれば、彼の愛用の銃で狙われ、 ようやく付き合い出せたかと思えば、デートについてきたりと、何かと邪魔をしてくれるのだ。
 だが今回は祓魔師の任務でいないと言っていたので、邪魔されることなく、彼女と――しかも水着姿の――思う存分にいちゃつける。
 あわよくば、キスしたい、などと今日のデートをどうするか考えていると、志摩ー!と自分を呼ぶ声が聞こえた。
「悪い、待たせたか?」
 大きめのバッグを手に駆け寄ったきた燐に、廉造はちょうど今来たとこですわ、と返す。
 本当は30分も前に着いていたなど知られたくなかった。
「荷物重そうやね。持つで」
「あー、いいよ。浮き輪持ってきたからかさ張ってるだけで、そんな重くねぇし。それより、こっちのが嬉しい」
 そういって差し出された廉造の手を握り返す燐に、廉造はほんま天使や!と頬を緩ませその手を握り返す。
「弁当持ってきたから、昼楽しみにしてろよ」
「それは楽しみやわ」
 ほな、行きましょか、と連れ立って入口へ向かった。
 入場券を買い、中に入ってすぐの更衣室前で別れる。
 燐の水着姿に想いを馳せながら廉造は着替え、更衣室を出る。すぐわかるようにと、更衣室を出たすぐ傍にあるベンチに腰を下ろした。

 暫く待てば、更衣室からキョロキョロと辺りを見回しながら、燐が出てくる。
「燐ちゃん、こっちやで」
 立ち上がりひらひらと手を振りながら、声をかければ、燐はパッと表情を明るくした。
 小花柄のホルターネックのトップスブラにベアトップのチュニックを合わせた水着は、普段ボーイッシュな服を着ている燐のイメージをガラリと変える。
「かいらしい水着やね。よお似合ってとる」
 そう告げれば、燐は照れくさそうに笑みを浮かべた。
「こないだ、雪男がプールに行くならって選んでくれたんだ。やっぱアイツ俺に似合うの知ってるよなー」
「……へぇ、そうなんや」
 どうせなら、自分が選びたかった、と思いながら、廉造はふと燐が手ぶらなことに気付く。
「燐ちゃん、浮き輪はどないしたん? 持ってきてはるんとちゃうの?」
「あ、ロッカーに置いてきた! 取ってくるな」
 慌てて更衣室に燐は戻り、すぐに畳まれた状態の浮き輪を持って出てきた。
「貸し、膨らましたるわ」
 戻ってきた燐から畳まれた浮き輪を受け取り、ベンチに座る。
 それも雪男が買ってくれたんだ、なんて言葉に相槌をうちながら、畳まれた浮き輪を広げ、廉造はピタリと動きを止めた。
 持ち手がついていることから、浮き輪というよりフロートなのだろう。
 いや、それは問題ない。問題なのは、そのフロートの形だ。
 どう見ても虫っぽい。しかも茶色いボディは夏の風物詩である害虫に似ている。
 だが、そんなものを商品化するとは思えない。
「なぁ、燐ちゃん、コレ……」
「カブトムシなんだぜ! 可愛くないか?」
 キラキラとした瞳で同意を求められ、廉造はお、おん……と曖昧に頷いた。
 虫が死ぬほどキライな廉造としては、出来れば膨らましたくない。
 本物じゃないのはわかっている。だが、自分が虫を膨らますとか考えたくもなかった。
 しかし、膨らます、といった手前、膨らませない訳にはいかない。
 膨らませたら、意外とかいらしいかもしれへん!と無理やり自分を納得させて、廉造はフロートに空気を吹き込んだ。


 ――あかん、膨らませてもかいらしくないわ……。なんなん、その無駄にリアルな足。無理や……無理やろコレ……

 どこからどう見ても立派なカブトムシにしか見えないフロートに、廉造はがっくりと肩を落とす。
 嬉しそうに礼を告げる燐の笑顔が眩しい。
 それに少しだけ癒されながら、廉造はそんなものを燐に買い与えた雪男に内心悪態をつくのであった。